いよいよ3月に入りましたので、
どーでもいいようなことを書きます。
実は、アタクシは昭和プロレス愛好家なんです。
あ、これで年が30代ではないことがバレますね
中学生の頃からの愛読書は格闘技雑誌の「ゴング」
よく聴いていた曲は、
ミル・マスカラス入場時のテーマ曲「スカイハイ」
レコードを3枚ほど持っていました。
ちょくちょく図書館に行ってはプロレス名鑑を借り
返却をしませんでした。
自分の部屋には、
ボブ・バックランド、ビリー・グラハム、
皆さんお馴染みの大物外人レスラーのポスターを
一面に張り巡らせていました。
1枚だけピンクレディーのポスターもありました。
小学校時代から柔道を始め、
中学校の休み時間は便所に行く時間を惜しんで
友人とプロレス技を掛け合いながら日々稽古です。
なので、将来の夢は当然プロレスラーになること
「これを使えば海辺で女の子にモテモテ!」
がキャッチフレーズのブルワーカーまで購入し、
体づくりをしていましたが、
1週間ほどで、どこかにいってしまいました
1万円の損失です。
また、自分で手作りプロレスマスクを4,5枚作製し
密かにタンスの中に隠していたこともありますし、
猪木対アリ戦のときはどうしてもテレビ観たくて
共通テストがある日に仮病を使って学校を休み
同級生に尊敬されたこともあります。
自分のバイクで走り出す 行先も解らぬまま
暗い夜の帳ばりの中へ
とプロレス会場へ向かったこともあります。
尾崎の15の夜ですね。
それほどプロレスが好きだったんです
あるとき友達とスキーツアーに参加し、
そのバスの中で5コくらい年下の女の子と知り合い
いろいろ話をしていると、
その彼女もプロレス大好きで、プロレスラーのこと
メチャクチャ詳しかったんです
なので、すっかり意気投合し、
ブッチャーの額からどれほど血が流れるかとか、
ザ・シークの凶器攻撃は天下一品だとか、
そんなプロレス談議で4時間以上盛り上がりました。
こんなにもロマンティックな雰囲気になれば、
普通なら恋の1つでも芽生えるはずです
かなりマニアックな共通点があったわけですから
運命の人とお互いに感じてもおかしくありません。
ですが、当時のアタクシは、
恋人が1人、ないしは2,3人いたため
ジャンボ鶴田の本名は鶴田 友美なんだよね~
という話を最後にバスから降りお別れしました。
今思えば、
ジャッキー佐藤のように可愛らしい女性だったんで、
ちょっと惜しかったな~という気がしますけど、
これもご縁だったんでしょう。
皆さんもこんな奇遇の出会いがあるといいですね
ではでは
公式サイトにもいろんな情報あります。
覗き見歓迎。
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お急ぎのところ誠に恐縮です。